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2007年3月21日 (水)

審議拒否の副作用-そもそも良い作用があるのか疑わしいが

審議拒否は論戦の機会を失うばかりか、政権担当能力のアピールの機会も失う(もっとも政権担当能力を示せる議員が審議に出なければ出たところで・・・・ということをあの深夜の本会議予算案攻防で感じたりもするが)。そればかりか審議拒否はチャンスをピンチに変えかねない。ということを以下引用する記事を読みながら、他のことと一緒に小生のような政治のド素人は感じたりした。

(以下、産経新聞の記事より引用)
【安倍政権6カ月 孤独と苦悩の日々】塩爺の喝、腹固まる

□最後まで守るよ。私が選んだ閣僚なんだからね

安倍政権が発足して26日で6カ月となるが、発足当初の熱狂的な支持は消え、政府・与党内のきしみが目立つ。難しいかじ取りを迫られる安倍晋三首相の孤独と苦悩の日々を顧みた。(文中敬称略)

首相就任からほぼ半年たった3月7日、安倍晋三は、前首相の小泉純一郎と帝国ホテル内のフランス料理店で夕食を囲んでいた。安倍が小泉と2人でゆっくり会食するのは、首相就任後は初めて。長い間、2人が会わなかったのにはある理由があったが、この日は平成19年度予算案が衆院通過したという安堵(あんど)感もあって、安倍は肩の力を抜いて小泉と向き合うことができた。

小泉は上機嫌で、安倍に語りかけた。

「いやー、よくここまで踏ん張ったな。柳沢(伯夫厚労相)さんの発言で、野党が補正予算案の採決で審議拒否を仕掛けてくれて本当によかった。本予算案の採決であれをやられたら、おれだって持たなかったかもしれないぞ!」

安倍は「そうですね」と相づちを打った。

柳沢の「産む機械」発言に猛反発した野党側は、2月2日の18年度補正予算案の衆院採決を欠席する戦術に出た。ところが、直後に柳沢問題の集中審議を開くことを条件に19年度の本予算案審議には復帰。これにより、野党は同じ問題を蒸し返して本予算案を審議拒否する大義名分を失った。野党が補正予算案ではなく、より重要な本予算案審議の段階で徹底抗戦を始めれば、安倍政権は立ち往生しただろう。安倍が国会審議を乗り切った裏には、こうした野党の戦術ミスがあることを鋭い政局観を持つ小泉は理解していた。しかも、敵失とはいえ、安倍が難局を切り抜けたことを小泉は素直に喜んだ。そのことが、この数カ月間苦悩の連続だった安倍には、何よりの励ましとなった。

滑り出しは

昨年秋に発足した安倍は、直後に電撃的な日中首脳会談を成功させ、滑り出しは順風満帆だったが、郵政造反組の復党問題でもたつき、11月下旬ごろから政府、与党の歯車がきしみ出した。

スキャンダルも次々に浮上した。昨年末には政府税調会長の本間正明が公務員官舎問題で辞任し、息つく間もなく行革担当相の佐田玄一郎が政治資金の不適正処理問題で辞任した。内閣支持率は70%台から40%台に急落。首相官邸での仕事納め式を終えた安倍は周囲に語った。

「いろいろあったが、逆に腹をくくることができた。来年はもっと自分らしさを押し出す。周囲におもねっていては何もできない。前を向いて倒れるならば本望だよ」

この時点で、安倍には、まだ、そう話すだけの余裕があった。

いったんは

この言葉通り、1月4日の年頭会見で安倍は「今年を美しい国づくり元年として、たじろがずに一直線に進んでいく覚悟だ」と宣言、その表情から迷いが消えた。22日夜には、かねてから親交の深いジャーナリストの櫻井よしこや政治評論家の屋山太郎、元駐タイ大使の岡崎久彦ら保守派論客を首相公邸に招いた。

政権発足後、安倍周辺では「保守再興路線を前面に出すと小泉改革を支持してきた中道保守層の支持を失う」との声が強く、幹事長の中川秀直も「左ウイングに懐の深い自民党を目指す」と、中道保守層への傾斜を明言していた。こうした動きに配慮し、安倍も保守的な言動を控え気味だった。

それだけに、この櫻井らとの会食は、「今後は自らのカラーを遠慮なく打ち出す」という決意の表れだった。

メンバーには、元台湾総統府国策顧問の金美齢も含まれていた。金は「(日中関係があるので)もうお会いできないかと思っていました」と目を潤ませ、「台湾の陳水扁総統が失敗したのは支持を広げようと中道に寄り、元々の支持者が離れていったからです。同じ愚は決してやってはいけません」と訴えた。

「やはり自分の判断は誤っていなかった」。安倍は意を強くした。

安倍は施政方針演説で、持論の「戦後レジームからの脱却」をうたい、憲法改正と教育再生を柱に据えた。マスコミ幹部との会合で、施政方針演説について、「理念ばかりで具体性が薄い」と批判されると、「政治家が理念を語らなくてどうする」と気色ばんだ。

再び逆風

ところが、安倍の意気込みに反して、農水相の松岡利勝、文科相の伊吹文明の事務所費問題、防衛相の久間章生の不適切発言などで再び逆風が吹く。

さすがの安倍も気落ちしたようだ。補正予算案の衆院採決直前の2月2日夕、会合出席のため、首相官邸を訪ねた元財務相の塩川正十郎が、首相執務室に顔を出すと、安倍は疲れた顔つきでソファに座っていた。

「柳沢さんを辞めさせちゃいかん。食い止めろ。一人一人抜けたら政権はガタガタになる」

もともと、「言葉狩り」による閣僚更迭を嫌っていた安倍は塩川の一言で腹を固めた。この夜、与党は単独で補正予算案を衆院通過させた。多くの政界関係者が不可避だとみていた柳沢更迭は見送られた。

「私は閣僚が辞表を出さない限りは最後まで守り続けるよ。私が選んだ閣僚なんだからね…」

思いやり困惑

しかし、相次ぐ閣僚のスキャンダルと問題発言には、参院を中心に自民党からも「このままでは統一地方選、参院選を戦えない」と悲鳴が上がった。元首相の森喜朗も「閣僚が首相を尊敬していない」と閣僚らを痛烈に批判、政府・与党の足元が揺らぎだした。

安倍は夜の会食を入れずに公邸に引きこもる日が増えた。酒は飲まないが、親しい議員らとワイワイ騒ぐのが好きだった安倍には、初めての孤独だった。「孤独を苦にしない小泉さんってやっぱりすごいな…」。安倍は周囲にこうつぶやいた。

そんな中、自民党幹事長の中川秀直は、党内の引き締めを狙って小泉を担ぎ出し、小泉が「鈍感力」の必要性を説くという場面もあった。

しかし、安倍にとって、森や中川の「思いやり」は有り難い半面、迷惑でもあった。森たちが援護射撃すればするほど「安倍は半人前だ」とみられるからだ。このため、安倍は中川から小泉との会食を持ちかけられても、「予算が衆院通過するまではやめておきます」と断ってきた。

安倍が小泉と会わなかった理由はもう一つある。安倍が今年から鮮明にした保守再興路線は、ともすれば小泉の構造改革路線に逆行し、古い自民党への回帰を目指しているようにも受け取れる。昨年11月27日、安倍が郵政造反組11人の復党を決め、小泉に電話した際、「君がそう決断したのならば、それでいい」と言った小泉の口調は明らかに不快そうだった。自らを幹事長や官房長官にとり立ててくれた小泉への一種の後ろめたさもあった。

だが、久しぶりに会った小泉はときにジョークを交えながら、大いに語り、安倍を励ました。

「いいか。参院選なんて負けてもいいんだ。参院選で負ければ、民主党の反小沢派はガタつく。親小沢だって大きく動くだろう。どうなるかな…。そもそも考えてみろよ。小渕(恵三元首相)政権で、参院が首班指名(首相指名)したのは菅直人(民主党代表代行)だぞ。政権選択の選挙は衆院選だ。首相はそれだけを考えていればいいんだよ」(石橋文登)(2007/03/20 08:17) (引用終わり)

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