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2007年1月19日 (金)

韓国「絶望」論、外交理念の代替は可能か

日本経済新聞は鈴置高史編集委員がNET EYE プロの視点でコラムを。読んでいて、「確かに」と感じるとともに「では・・・」となると、韓国をどのように見ればよいかというなんだいがあることに気付かされる。東亜日報には米韓関係に関する記事が掲載されている。これもまた、「では・・・」となると・・・・・。

(以下、日本経済新聞NET EYE プロの視点の記事より引用)
孤立する韓国(2007/1/17)

北朝鮮に引きずられ、国際的孤立の道を突き進む韓国。では、なぜ、常識ある普通の韓国人が、それを食い止めようとしないのか。

北朝鮮の同伴者に

「韓国は民主主義国家なのか」――。

最近、日本の韓国専門家は普通の日本人からこう聞かれるようになった。

「北朝鮮から命をかけて脱出した人に対し、韓国政府は受け入れを渋っている。同じ韓国人ではないのか」。「韓国からも北朝鮮に拉致された人がたくさんいる。だのに、韓国政府は取り返そうとしない。韓国人は怒らないのか」。「国民を餓死させ続ける北の政権を韓国政府は信認している。韓国には人権意識がないのか」。「北の核実験後も韓国は対北経済支援を続けている。韓国は北の核保有を内心喜んでいるのではないか」……。

こうした質問に対し、こんなたとえ話を用いて説明する専門家もいる。

「映画『エイリアン』には、体の中に怪物の卵を産み付けられた人間が出てきた。一見、人間に見えるが、実はエイリアンに寄生され、もう、自分の意思で動きが取れない人々だ。いずれ、彼らの体からは大きく育った怪物が肉体を食い破って出てくるだろう」――。

日本だけではない。米国でも中国でも「よく見ると、いつの間にか韓国は北朝鮮の同伴者になっていた」との認識が広まっている。米中両国ではまだ、普通の人には拡散していないが、外交専門家の間ではこの認識が完全に定着した。

韓国をさらに北朝鮮の側に追いやるのを避けるために、日本政府も米国政府も、異形のものとなった韓国への違和感を大声では語らない。だが、日米両国にとっては、金正日政権をいまだ助ける韓国を、理念と利益を共にする真の外交的パートナーとはとても見なせないし、もはや見なしてもいないだろう。

米国との離反からも、韓国はもうひとつの大国、中国に寄らざるを得ない。だが、その中国も韓国をこう見る。「米国の後ろ盾を失いつつあり、かといって中国の傘に入るわけでもない。ただ、中国にとって幸いなことに、孤立の度を増すほどに中国の要求を聞かざるを得なくなった」(外交専門家)。友好国というよりも、御しやすい国として冷ややかに見ているだけだ。

民主主義への希求失う

ここで興味深いのは、外交的には孤立し、道義的には破綻の道を突き進むこの現実を、韓国人自身が正面から見据えてはいないことだ。確かに、韓国内でも「北朝鮮にだまされるな」という警告が保守の側からしばしば発せられる。だが、そのほとんどが「ヒットラーに宥和政策で臨んだ結果、侵略を許した英チェンバレン政権になってはいけない」程度の認識をもとにしている。

このアナロジーに沿って外から見るなら、対北支援を続ける韓国はチェンバレン政権というよりも、ナチス政権下の独国民と見なされていく可能性が高い。仮に、ナチスに協力するつもりはなくとも、同政権を支えたのは普通のドイツ国民だった。一方、当時の英国はヒトラーに宥和政策をもって臨みはしたが、資金援助したわけではなかった。だが、韓国内では、こうした「外から見た厳しい韓国像」について語られることはまず、ない。

20年前、多くの時間と犠牲を払ったうえ、国民的大妥協をなしとげて民主化を達成した韓国人。「これで、世界で一人前の国家に認められる」と知識人から普通の人までが「民主主義」に胸を張った当時の意気込みは、もうどこにもない。

国際的な人権監視団体、ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)は2007年1月11日に発表した2006年度の年次レポートで「北朝鮮の人権状況に対する韓国政府の沈黙の維持」について言及した。世界中が北朝鮮の非人道的な実像を知り批判を強めているのに連れ、同伴者たる韓国に対する国際的疑念も増し、韓国の威信もどんどん落ちていく。だのに、韓国はそれを阻止しない。なぜだろうか。

「戦争を避けるのなら」

盧武鉉政権が左翼政権であり、北朝鮮と極めて近いことは普通の日本人も次第に理解してきた。旧・日本社会党が朝鮮労働党と友党であり、拉致問題の存在さえ認めなかったことを思い起こせば、普通の日本人にとっても、韓国政府が北朝鮮と同伴関係を結ぶのにも理解がいく。「だけど、日本人が北朝鮮の言いなりだった社会党員ばかりではなかったように、普通の常識ある韓国人だっているのではないか」。普通の日本人はこんな疑問を持つ。

韓国専門家の答えは二つ。普通の韓国人が左翼政権の親北政策を暗黙裡に認めてきた理由は、「統一」と「戦争」だ。後者に関しては、すでに過去の回に触れた(「韓国の迷走」は止まるか 2006年7月26日を参照)。

簡単に言えば、韓国で、イラク戦争後から膨らんだ「米国が対北軍事行動を起こすのではないか」という恐怖感。これを救うのが「韓国が北朝鮮をかばっているうちは、米国は北朝鮮を攻撃できず、第二次朝鮮戦争は起きない」という「望み」だ。もっとも、イラクの泥沼に落ち込んで以降、米国の対北攻軍事行動の可能性は減った。すると、今度は北朝鮮がミサイルや核を誇示するようになった。今では、北が高めた戦争リスクへの処方箋としても、「北朝鮮に物資を送り続ければ、北は暴発しない」と、韓国人は「望む」。

韓国で、こうした心情をより深く説明するのに使われるのが「ストックホルム・シンドローム」だ。銀行に立てこもった強盗団に対し、人質は時に奇妙な連帯感を持つ。人質にとって強盗は自らを悲惨な状況に追い込んだ悪党だ。しかし、ある意味では警察以上に悪党は自分の命を握る運命共同体だ。である以上は、人質は悪党にすがって命を永らえようという心境に陥ることがある……。

ただ、なお、日本人はこうした説明だけでは納得しにくいだろう。90年代まで、多くの韓国人は「こちらから戦争を仕掛けないが、仕掛けられれば受けて立つ。統一の好機だ」との気構えを持っていた。軍事的には韓国の有利さが増す一方なのに、なぜ、韓国人は一気に弱気に転じたのだろうか。

「統一」の緊張感

それを説明するには、もうひとつのキーワードである「統一」で、韓国人の心情をのぞくことが必要だろう。建国以来、そして朝鮮戦争後はさらに、韓国では「統一」は国是だった。だが、冷戦体制崩壊後に経済大国ドイツさえも「統一」で苦しむのを見た韓国人は、「せっかく我々が努力して勝ち取った豊かさを失いたくない。何とか統一を先送りしたい」とひそかに思い始めた。ただ、内心ではそう思っても、建国以来の「国是」であり、社会的規範にまで昇華していた「統一」には反対しにくい。

その本音を上手に拾い上げ、普通の人を心情的に救ったのが、金大中前大統領の「太陽政策」であり、盧武鉉大統領の「包容政策」だった。両政権は「北朝鮮を吸収する意思はない」と明言して北への援助を拡大した。「吸収する意思はない」の部分は、表面的には北朝鮮の疑惑を解くために強調されたのだが、実は、同時に韓国人に対しては「統一の建前は降ろす」という安心感も与えた。

こうした政策には「民族共助」という美しい名分も与えられ、「統一」の放棄あるいは延期に対し韓国人が抱く決まり悪さも、心情的な糖衣で包んでくれた。実際、融和政策の一環として大規模な援助も始めたから、「飢え死にしかけの親戚を見捨てたわけではない」と、世界には言い訳できるようになった。

「同伴」から「共犯」に

北の核実験の後、韓国紙に一度だけ、新しいアナロジーが登場したことがある。韓国を、ハースト嬢に例えたのだ。左翼過激派に誘拐された大金持ちの娘である彼女は、犯人に共感し、次第に銀行強盗などに積極的に参加するようになった。韓国が「ストックホルム・シンドローム」の「同伴者」を超え、「共犯者」になり始めた、という鋭い指摘だ。ただ、こうした厳しい見方も、韓国人は受け入れにくいのだろう、その後、この例えはメディアに登場していない。

「統一」という韓国人のひそやかな心の重しを取り除くことの見返りに、崩壊寸前の北朝鮮への援助を開始。さらには北朝鮮との同伴関係を深めることで、いつの間にか「共犯関係」にまで深化する――。もし、韓国の保守派の何人かが指摘するように、この「心理劇」と呼ぶべき一連の政策が、北朝鮮が青写真を描き、韓国の左翼政権に実行させた作品だったとしたら、その巧妙さには驚嘆するほかはない。経済的にも外交的にも道義的にも崩壊寸前だった北が、圧倒的に有利な立場にあった南を自由自在に操るようになったのだから。

ちなみに、「操る」という言葉はレトリックではない。現在、韓国の閣僚は北朝鮮を批判できない。宥和政策の初期に、批判がましく北を評した国防相が、「和解政策に反する」と北に強硬に非難され、韓国の大統領に罷免された。こうした例が相次いで以降、北を批判する公職者は一切、途絶えた。

韓国の世論が、つまり普通の韓国人が「北との同伴者関係を絶とう」と決心するには、相当のエネルギーが要るだろう。まず、同伴者関係を絶てば崩壊するだあろう北朝鮮。これを背負い込む覚悟を再び社会的合意として作る必要がある。昔ならいざ知らず、いったんはその心の重荷を捨て去った後は容易ではない。

北朝鮮の核実験のあと、韓国紙で一度だけ「北崩壊の覚悟を」と韓国人に呼びかける記事が掲載されたが、無視された。「北の崩壊を語ること」は親北政権だけではなく、国民にとっても「聞くのも嫌なタブー」になっているからだろう。ちなみに、融和政策の下で韓国の政府機関は「北崩壊のシナリオ」を描いたり、それに備えたりするのは公式的に禁じられている。

さらに、同伴者関係を絶てば、当然、軍事的衝突の可能性が高まる。この10年間の融和政策で、長い間続いた戦時体制の重苦しい緊張感から解放され「日本人以上の平和ボケ」と称されるようになった韓国人が、昔の緊張感を取り戻すのはこれまた困難だ。

すっかり回った「毒」

盧武鉉大統領と小泉前首相の関係が悪化した時、日本の一部からは「靖国へ行くから日韓関係が悪化する」、あるいは「謝罪が足りないから韓国と仲良くなれない」という古典的言説が事実の裏づけもなしに語られた(「新しい日韓対立――本質は『歴史』ではなく『核』 2005年6月29日」を参照)。

さすがに盧武鉉大統領の実像が日本でも知られるようになった今となっては、普通の日本人はそうした理屈を信じなくなった。だが、今度は、韓国の外交的孤立や民主主義の道義喪失を「盧武鉉という変わったリーダーのせい」と見なす誤りに陥ってしまった。同大統領への支持率は約10%。ほとんどの韓国人が同大統領に辟易とするいま、外国人に対し「悪いのはすべて大統領のせい」と怒りをこめて説明することが多いからだろう。

だが、話はそんなに単純ではない。保守派の立場に沿って融和政策を「毒薬」と見るのなら、「毒」は普通の韓国人、つまりに韓国の全身にすっかり回っているのだから。(引用終わり)

(以下、東亜日報の記事より引用)
米国の韓半島専門家グループ「韓国政府の北朝鮮核への対応に失望」
JANUARY 19, 2007 03:01

米国の韓半島専門家たちは、昨年10月の北朝鮮の核実験後、韓国のなまぬるい対応に失望し、現在の韓米政府間には、もはや同盟関係の改善や進展は期待できないと考えていることが分かった。

このような事実は、国家情報院や国策研究所所属の外交安保専門家や大学教授ら5人が昨年末、1週間に渡って米国を訪れ、韓半島専門家24人にインタビューした結果をもとに作成した非公開の報告書を通じて明らかになった。同報告書は、外交安保関係の省庁や研究機関に「政策参考用」として提出された。

東亜(トンア)日報が18日に入手した同報告書によると、米国は北朝鮮の核実験にもかかわらず、△韓国政府がまるで何もなかったかのように振舞い(business as usual)、△韓半島戦争不可を理由に、まるで北朝鮮の肩を持つような印象を与え、△米国の北朝鮮制裁を妨害する方向に進むことを批判的に見ていることが分かった。

彼らが会った米国の専門家の中には、トーマス・ハバード元駐韓大使、エバンス・リビア元駐韓副大使、ロバート・アインホン前国務次官補(核非拡散担当)、チャールズ・プリチャード元国務省対北朝鮮交渉特別大使、デビッド・ストラウブ元国務省韓国課長、ドン・オーバードーファー・ジョンズホプキンズ大学(SAIS)教授など、代表的な韓半島通が含まれている。

同報告書は、「インタビューに応じた米国の専門家たちは、北朝鮮の核放棄の可能性について、みな懐疑的な反応を示した」とし、「(彼らは)核が金正日(キム・ジョンイル)総書記の体制維持のための最後の手段であるため、最大限長く維持しようとすると見通している」と報告している。

さらに同報告書は、「インタビューに応じたほぼすべての専門家が、核実験後の韓国政府の反応に対する米国側の失望を吐露し、深刻に考えている。これをなだめる必要がある」と指摘し、韓国政府に対し、「開城(ケソン)工業団地と金剛山(クムガンサン)事業が政府の対北朝鮮政策上、変更できないなら、少なくとも大量破壊兵器拡散防止構想(PSI)への全面参加を宣言し、運用の妙を期することが必要だ」と提言した。

また、「(米国内では)韓米関係がこれ以上悪化しないよう管理することが最善の政策だと評価している。共和党と保守陣営側の関係者たちは、韓米関係の改善の可能性が非常に低いとみて、興奮したり批判したりすることを慎んでいるような印象だった」と伝えた。

国防総省アジア担当補佐官を務めたデリック・ミッチェル米国際問題戦略研究所(CSIS)上級研究員は、「米国は、韓国が同盟から離れつつあり、韓国と米国が同じ方向に進むとは考えていない」という見解を明らかにした。デリック氏は、「韓国に対する米国の失望は、一過性の性格のものではなく、(米国は)韓国の基本的志向(basic orientation)の問題だと考えている」と付け加えた。

同報告書はまた、韓米自由貿易協定(FTA)に関して、「韓国で、反FTAデモが激化するなど状況が悪化すれば、交渉はさらに困難になるため、韓国政府がデモに適切な対応策を講じなければならない」と強調した。

戦時作戦統制権の返還については、「韓米両国の国内政治の考慮のため、機械的に推進してはならない」と指摘した。(引用終わり)

確かに、盧武鉉大統領という道を選び、その盧武鉉大統領のせいでこうなった、とは言え「盧武鉉大統領以外なら誰でも」上手くいくなどという単純な話ではないだろう。とはいえ、盧武鉉大統領の外交姿勢がおかしいと言った批判はここ数ヶ月どころかそれ以上前から出ていたような気もするが・・・・

「反盧武鉉」という潮流は見えても、高建元国務総理出馬取りやめで支持層がどう移ったかを見るとどうなっているのやらという、どういうスタンスでどの候補を支持しているかは見えてこない。次期政権が得点を上げられるのは経済等の政策で、外交はどことの関係を重点的に修復しようとするないしは修復するというよりも、北朝鮮との距離の取り方という極めて微妙で点数が稼ぎにくい分野に取り組まざるを得ないだろう。

それにしても、次期政権が毒抜きをするとなると、それはどのように行われるのだろうか。

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