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2006年3月 2日 (木)

民主党の次期国対委員長就任固辞した政治家にはこの政党の代表になる資格はもはやないだろう

野党第一党の難局から逃げだし、国対委員長就任を固辞した政治家の名前は覚えておきたい。その中に代表経験者であり代表選に手を挙げた輩がいることは衝撃だ。

シンガンスを釈放せよとの署名に名を連ねた菅直人議員、あなたの対応こそありえないのではないか。

(以下、日本経済新聞の記事より引用)
窮地の民主、菅氏ら国対委員長の後任固辞

民主党は1日、送金メール問題をめぐる混乱の収拾に向け、引責辞任した野田佳彦国会対策委員長の後任人事を急いだ。前原誠司代表自ら就任を要請したが、菅直人元代表、高木義明副代表が次々と固辞、調整ははかどらなかった。永田寿康衆院議員の謝罪会見の内容をめぐる問題も発生。混乱の余波はやまず、永田氏の処分と野田氏辞任で収束させる執行部のシナリオは狂いはじめた。

「経験のある方にお願いしたい。今日中に決着させたい」。鳩山由紀夫幹事長は1日朝、同日中に新しい国対委員長を決める考えを表明した。

直前、鳩山氏と前原氏は電話で相談していた。「意中の人」は昨年9月の代表選で前原氏に二票差で敗れた菅氏。当時、前原氏は「菅国対委員長」を構想したが、菅氏に断られた経緯がある。

電話での前原氏の要請に、菅氏は再び固辞。菅氏は記者団に「ありえない話をなぜおれに相談するのか。受けるわけないだろう」と話した。前原氏が次に白羽の矢を立てた旧民社党系のベテラン、高木氏も拒否した。 (07:02)(引用終わり)

よくよく考えてみると、とことんとんとんとん「旧経世会系+旧社会党系+旧民社党系+若手」な民主党。

この難局に立つは会津のケネディである。「自分が受けたら笑われる」といったと報じられた。確かにその通りで、時計の針を巻き戻すどころかカレンダーの年号部分をマジックで黒く塗り、数年前に書き直すかのような現象が起こった。とは言え、以下の記事にあるような中堅議員の言い方には奇異を感じる。野球の監督だってへぇへぇ後ろから言ってるだけではあるまい。個人的には監督だって選手の一人だと感じるし、そもそもそこまでいうなら貴殿こそ引き受ければよいではないか。

(以下、毎日新聞の記事より引用)
民主:党派をまたぐ「国会対策のプロ」渡部恒三氏

民主党国対委員長に就任する渡部恒三元衆院副議長(73)は37歳で初当選し、厚相、自治相、通産相を歴任したベテラン政治家だ。「竹下派7奉行」の一人として政局を動かした経験も持つ。

93年の新生党結成、94年の新進党結成に参加、新進党では副党首。96〜03年まで副議長。87年に自民党国対委員長、95年には新進党国会運営委員長を務め、党派をまたぐ「国会対策のプロ」で、迷走が続く民主党が「生き字引」に頼った形だ。

「2大政党制を作ったと歴史に残す」が信条。早稲田大雄弁会仕込みの会津弁に若手からの信望が厚い。小沢一郎前副代表とは当選同期で、自民党国対委員長当時に副委員長だった小泉純一首相を「小泉君」と呼ぶ。

「自分が受けたら笑われる」と一度は固辞したものの「誰も引き受けなかったらこの党はおしまいだ」と決断。しかし、時計の針を逆に回すような人事に対し、民主党内からも「(プロ野球ダイエーの)王貞治監督がバッターボックスに立つようなものだ」(中堅)との声が上がる。逆風下で国会運営の手腕が問われる。【須藤孝】毎日新聞 2006年3月2日 20時09分(引用終わり)

ここまでも紆余曲折していたらしい。昨日に「今日中」といった鳩山幹事長は前原執行部のお手並み拝見といったところだったのだろうか。
(以下、毎日新聞の記事より引用)
民主:渡部氏の国対委員長就任 「苦肉の消去法」

迷走を続ける民主党が2日に出した結論は、前原誠司代表より30歳年上の「超ベテラン世代」頼りだった。野田佳彦前国対委員長の後任に就任するのは73歳の渡部恒三元衆院副議長。渡部氏の突如の浮上は、意中の人物にことごとく断られた末の「苦肉の消去法」だった。女房役の鳩山由紀夫幹事長の進退問題もまだくすぶったままだ。「送金メール」問題で「白旗」を揚げた民主党は今や完全に無力化した。

後任人事3日目に入った2日午後1時半過ぎ、前原氏は衆院議員会館事務所の渡部氏に電話で「どうしても引き受けて下さい」と2度繰り返した。ほぼ同時に事務所には鳩山氏が訪れていた。

鳩山氏「先生が引き受けてくれなければ、私は幹事長を辞めます」

渡部氏「川端(達夫前幹事長)君がいい」

しかし、川端氏も鳩山氏の要請を固辞。観念した渡部氏が就任の条件に挙げたのが「鳩山氏が辞任しないこと」だった。

「今鳩山を辞めさせたら、この党はガラガラポンになる。国会から野党がなくなると大政翼賛会になる」

受諾を決めた後、渡部氏は記者団に強調した。

細野豪志役員室長は前原氏の「盟友」の枝野幸男憲法調査会長に後任の人選について助言を求めた。「まず菅(直人元代表)さん。だめなら高木(義明副代表)さん」。これに沿って前原氏側は2月28日夜から次々と打診を始めたが、結果は「惨敗」だった。

最初に声をかけた菅氏は、グループに前原氏に批判的な議員が多く、連携強化で批判を抑える狙いがあったようだが、菅氏は「向いていない」と固辞。旧民社党系で国対経験が豊富な高木氏も「他に適任者がいる」。鳩山グループの大畠章宏組織総局長らの名も浮上したが、実現しなかった。

反前原色の強いグループには「今引き受けて、9月の代表選で前原氏を支えることになるのは避けたい」(中堅幹部)との思いが共通している。このため、仙谷由人前政調会長ら前原氏に近い議員の名も出たが、今度は「余計に反前原の動きを刺激する」(前原氏側近)との声が上がり、行き詰まった。

前原氏は1日夜、鳩山氏に「お任せします」と協力を依頼。その結果、浮上したのが渡部氏の起用だった。

渡部氏は以前から前原、野田両氏らを「民主党七奉行」と呼び、定期的に食事会を開くなど中堅・若手に人望が厚い。渡部氏が2日午前の常任幹事会で鳩山氏に「君が幹事長と国対委員長を兼務しろ。おれが代理をやる」と語りかけたことを受け、鳩山氏は「代理をやるというくらいなら……」と判断し、本格的な打診に踏み切った。

鳩山氏が国対委員長人事にかかわったことで、党内には「これで幹事長辞任もなくなった」(中堅)と、党内の混乱が収束に向かうとの声が目立つ。渡部氏も記者団に「私より先に鳩山君が辞めることは絶対ない」と語った。ただ、当の鳩山氏は周辺に「9月まで支えるとは言っていない」とも漏らしており、国対委員長が決まったからといって、党の危機はなお回避されていない。

渡部氏が自民党国対委員長の当時、筆頭副委員長だった小泉純一郎首相は、2日の衆院本会議で前原氏に「渡部さんが国対委員長になるなら、おれが筆頭副委員長で支えないといけないね」と軽口をたたいてみせたが、それは与党の冷ややかな受け止め方を象徴しているかのようだった。【尾中香尚里】毎日新聞 2006年3月2日 20時51分 (最終更新時間 3月2日 22時18分)(引用終わり)

その手腕には並々ならぬ期待を抱くが、ちなみに渡部派の運動員が選挙違反で有罪判決を受けたのは昨年の12月頃だっただろうか。民主党の公選法に対する認識や倫理観は理解できない。

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