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2004年7月31日 (土)

ケリーの演説、厳しい評価だそうです

ケリー候補の演説から一夜、全米の新聞でその評価が出てきた。

時事通信によると、ケリー演説に関する社説を掲載され、そのほとんどがイラク問題などで具体性にかけていたという厳しい評価を下しているという。

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2004年7月30日 (金)

ケリーの受託演説はAnybody but Bushを乗り越えられたのか

エドワーズ大統領候補・・・じゃなかったケリー大統領候補は「誰でもいい、ブッシュ以外なら」というブッシュ対反ブッシュな構図を超え、ブッシュ対ケリーという構図を作り出すことに成功したのだろうか。

沸きあがる観衆に対して、余裕をもって接するという部分が欠けていたのではないか。国際協調を謳うケリー。しかし、そういう一般論以外に、イラクをどうするのかといったような具体性が、海外に雇用を求めるアウトソーシングを非難するといったものよりも見えにくかったのではないか。といったような点が個人的には気になったが、こうした評価も含め、全てはこのあとに行われるケリーの支持率の上昇の度合いで計られることになる。

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党大会最終日

さてどうなることやら、ケリー候補としてははずせない演説となる。

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国語に関する世論調査からも垣間見られるストレス社会

言葉に関する問題をニュースで見るたび、「どうせ日本語も英語も出来ませんよーだ」なんて開き直りたくなる。

カタカナ言葉好き人間としては、こういうニュースには戦々恐々の思いです。

慣用句は、就活のペーパー対策で鍛えたのでまぁ大丈夫だったのですが・・・っていう様な形でカタカナがつい出てしまうような性格なので、いろいろな形で注意を受けます。

そんな人間としては、家族マター(問題・事柄)なんていう表現を離婚会見で使って、「難しい言い回しで上手くかわす」なんていうことを芸能リポーターにいわれた人もいましたが、彼にもそんなつもりは無かったと思います。

そのため、カタカナ語を使う私とそれを注意する友人と口論になることがあります。ある時、言い負かそうとして「じゃぁテレビはテレビだろう」っていったら「映像受像機だろうが、馬鹿」とあっさり切り返されてぐうの音が出ないということもありました。

確かに、カタカナ言葉の乱用で日本語能力が落ちてゆくというのはあるのかもしれないと思い知らされた瞬間でした。

閑話休題。
テレビで「奇特」とかの意味の誤用が多いという結果が出たとして国語に関する世論調査が取り上げられていましたが、この調査そのものではカタカナ語に関する結果も取り上げられています。

この調査によって、日本のカタカナ語の認知率・理解率・使用率が明らかとなったのですが、堂々の第一位は「ストレス」。

しかも100人中90人以上が、正しく理解しそして使用する言葉は「ストレス」だけ。

認知率や理解率においては、リサイクル・ボランティアも90%以上で僅差で二位三位となっていても、使用率ではストレスに80%台であり、ストレスに結構な差をつけられているようです。

しかし、今では「ハッスル」がある。といっても、まだまだ認知・理解・利用の割合は低いかもしれないが、高野連のお歴々の頭を悩ませているぐらいに浸透し始めている。

もしかすると「ストレス」という言葉が浸透してしまうような世の中だからこそ、「ハッスル」に注目が集まってきているのかもしれない。

ハッスルって知ったのつい最近で言うのもアレだけれども・・・ストレスからハッスルハッスルにとってかわりますように、希望も込めて。

参考資料:平成14年度「国語に関する世論調査」の結果について

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2004年7月29日 (木)

単に穴を掘って埋めなおすような所業

何のための分別? 宮城県庁内のプラごみ 再資源化せず焼却(河北新報)

経費が足りなかったのね・・・
確かに単に穴を彫って埋めなおすという作業を繰り返しているかのような、なんともいえない事実の発覚である。

しかし、意味がないとも言い切れない。
まぁこの場合、ペットボトルやコピー紙の再利用はされているし、とにかく意識改革からはじめるのも重要なことではないだろうか。

単なるごみともいえども、分別しようという心づかい。こういう行動様式(エートス)は省資源社会としてはマナーであるともいえる。
経費がなく、再資源化できないから分別もしなくていいなんていうよりははるかにましだ。

余裕が無ければ、こういうところにお金を回すぐらいなら、別のところにまわせばいいのだ。
武士は喰わねど高楊枝、これぞ侘び寂び。

ただ、やっぱりどっか抜けているという感じはするのもの確かである・・・

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エドワーズ、Hope is on the way

yeeaaah!と叫んだディーンとShove it!と言い捨てたテレイザ夫人の演説から一夜、エドワーズ登場。

党大会の聴衆に、「Hope is on the way(希望はすぐそこにある)とあなたのそばに居る人に伝えてください」という言い方で、ケリーと一緒に所得等で二つに乖離してしまったアメリカを一つにする希望を我々に託してください、と支持を訴えた。

英語がよく分からないせいなのか。国際政策よりも国内政策のほうが聴衆が盛り上がっていたように感じる。

イラク戦争等でアメリカの威信が傷ついた、ということで国際協調を謳う民主党候補。その支持は海外ではものすごく高いものの、国内では「強いアメリカ」というものを希求する気運が高い。そのため、国際協調といいながらも「強いアメリカ」を打ち出すという部分はなんだか抽象的に感じた。

しかし、「一つのアメリカ」という部分を目指すという部分においてはものすごい盛り上がりを見せていた。二つのアメリカという乖離を生んでしまった所得格差の解消策であるとか、雇用を守るために海外へのアウトソーシングを見直す必要性があるといったようなところでは、ものすごい盛り上がりを見せていたように感じる。

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2004年7月28日 (水)

ただ、やはり民主党党大会を見ていて感じるのは

今さっき載せたのを書きながら思ったのは、「これじゃ単なるヨイショ」だな。ということである。

個人的に、先に紹介した民主党党大会のHPを見ながら3点ほど感じることがある。あくまでも本ブログ内のコンテンツは私の感想と私見なだけであるが、以下は本当に感想だ。

一つは、国際協調を謳いながら保護貿易路線に転換するなんておかしいように思う。自国の雇用を守るためにスーパー301条などという経済的な国際的圧力を用い保護貿易なんてものを引きずり出してきて、尊敬される国を目指すというところに矛盾を感じる。しかも結局は、イラク戦争の是非には触れられず、先制行動主義についても対テロの立場から留保、イラクからの撤退もテロの温床となることを防ぐために行わないというものとなっているようだ。

2つ目に、そうした感じの外交・安保政策が半分以上あってもる大統領選を前にした異例の党綱領であるがゆえに、「一つのアメリカ」という部分が印象的となっているように思える。となると、共和党だってそうした政策をとることには変わりないのだから、対抗馬としてはぱっとしないのように思えてならない。

3つ目は、三日目・四日目を見ないとわからないのだが、どうしてもヒラリーとビル両クリントンの実力と人気をまざまざと見せ付けられているように思えてならない。ケリーの紹介もあるにはあるけど・・・どうにも存在感が薄いようにしか思えない。奥さんについてはよくわかったんだけど。そんな中で、ましてエドワーズなんて・・・

そりゃ、1日目2日目は出てこないって事は知ってるけど、いくらなんでもケリーの印象が薄いと感じたのは私だけなのだろうか・・・

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Yeeeaah!とShove it!と注目株となるほどな人たち−民主党 党大会二日目

個人的には、「国内で強く海外で尊敬されるアメリカ」という部分よりも、所得や人種からなる「二つのアメリカ」を乗り越えていこうというメッセージが強く残った、二日目の党大会。

その見所といえば、民主党の今後4年間の党綱領、ディーンやテレイザやオバマやロン・レーガンの演説。

党綱領の中心は外交と安保、そして保護貿易。国際協調路線を打ち出し、日本との関係は現状維持となっているものの、対中関係をより重視する民主党従来の路線を継承したものとなっているため、実際にはアメリカにとっての日本のプライオリティは低下。台湾にとっては大問題となる可能性がある。
また、スーパー301条の復活というのは日本の自動車業界対策というのもあるのだが中国の「世界の工場化」という部分に主眼が置かれているのではないかとも考えられる。

Yeeeaaah!で一世を風靡したディーンの演説は従来のディーンらしい国際協調を謳う姿勢。

反アメリカ的ないしは非国民的な発言をしたのかと問い詰められてShove it!(くそったれ、ないしは逝ってよしの意)と叫んでしまったりで注目をされているテレイザ夫人。
独裁政権下だったモザンビークで生まれであるとか留学先の南アフリカでアパルトヘイトの重圧と戦ったことのある過去などを取り混ぜた演説で、間違っていると感じたことを率直にいえるアメリカの自由のすばらしさを訴え、自らの火の粉を振り払う部分もあったが(効果はまだ分からない)、全体的にはローラ夫人とは違う形で夫であるケリーの選挙戦を支えていくという決意表明を行った。

州議会議員で将来の民主党のホープと目されているオバマは「二つのアメリカ」の実態を挙げながら、ケリー政権によって真に統合されたUnited Statesを目指していこうというキーノートスピーチ。

ここがPointだと個人的には感じた。他のスピーカー中でもテレイザ夫人は、こうした背景があるからこそ自らの出自(つまりいわゆる普通のアメリカ人ではない)ということを強調し、昨日のクリントンの演説でも自らが高所得者であるということを強調することで、「だからこそ我々は、ケリーのチームとして真に統合された『一つのアメリカ』のために共和党と戦わなければならないのだ」というメッセージをより際立たせたんだろうと思う。

アメリカの、特に共和党にとってのスター中のスターであった故・レーガン元大統領の息子のロン・レーガン氏は父の病を癒せるかもしれなかったヒト胚性幹細胞(ES細胞)の研究推進を強調した。

ヒト胚性菅細胞の問題は、実は中絶の問題とも非常に絡んでくる。
中絶胎児のヒト胚から研究するということが言われているためもあるし、そもそも共和党ではやりにくい政策だからこそロン・レーガンは民主党大会に出てきた。

所得・人種の乖離による「二つのアメリカ」の問題は、こうした中絶の問題も出てくる。テレイザ夫人は夫のケリー氏出馬までは亡くなった前の夫が所属していた共和党支持者で、中絶には反対という姿勢もあるといわれている。

しかし、それすらも乗り越えていこうというのがテレイザ夫人をはじめとする演壇に立った人たちの演説からは伝わってきたような気がした。

民主党党大会の様子は、以下のサイトで詳細に
2004 Democratic National Convention Committee (DNCC) Website

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2004年7月27日 (火)

民主党全国大会に感じる日米の演説の質の差

政治家の言葉が心に届かない、と感じるならそんな政治かほっといて別の政治家の言葉を聴いてみればいい。

そういう面では、アメリガ大統領選で他の国の政治家の演説が聞けるというのはいい機会だ。

「ハッスルとはなにか」「POTUSが自転車事故」ということを調べながらも、ボストンからの中継で演説風景が入るとそちらの方に目が言ってしまう。

参院選に限った話ではないが、日本では「うちの党に投票したらみんなハッピー」なんてありえないことを演説で繰り返され叫ぶ政治家ばっかりだ。

しかし、アメリカではまったく違う。
たとえば、クリントン前大統領の演説で、

彼ら(共和党政権)の減税政策によって、大統領を辞めて大金持ちとなった(恩給とか印税とか講演料とかで)私にも減税という政策的なプレゼントしてくれたので感謝をしようと思ったが、その減税が誰の犠牲の上に成り立っているのかということに気づいて、いまではその人たちに感謝している

といったようなくだりがある。
そして、ケリーとエドワーズのチームがホワイトハウスを奪還したなら、思いやりのある保守主義を掲げたブッシュ政権の減税政策等で犠牲になった人やそのユニラテラルな外交政策で孤立化してしまった状態を救うことが出来るのだという結論に持っていく。

国際政治学の泰斗故・高坂正尭氏の言葉に、政治なんて結局は、税金をどのように取るか。それをどのように配分するか、その政策を基準として政党は「冷酷軽税党」か「親切重税党」の二種類に大別できるというのがある。

日本では、なぜか「税金をどの層からどのようにとうるのか」言い換えれば「誰かが負担をする」ということを演説であまり聞かない。
そのかわりに「みんなハッピー」みたいな夢物語ばかり聞く羽目になる。

親切重税党か冷酷軽税党かなんて直接いわなくてもいいから、どちらかわかるようなことを言ってほしい。

それに引き換え、今回のクリントン演説では、共和党は冷酷軽税党的で民主党は親切重税党的な性格がはっきりと見えてくる。
共和党政権の減税政策で恩恵をこうむることが出来た人たちがいるが困っている人たち(主に貧困層の子ども)がいる、ということが読み取ることが出来る。
そしてその上で、そういう人たちを救う政策がケリー・エドワーズのチームにはあるということを効果的に打ち出している。

クリントンの言うことが全部正しいなんて思っちゃいないが、こういう演説を日本でも聴いてみたい、つとにそう感じる。

参考:クリントン前大統領の演説トランスクリプト

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POTUS in a bicycle accident

POTUS(ポータス)が自転車事故。またかよ・・・

ザ・ホワイトハウス(The West Wing)ファンの人にはたまらないフレーズですが、ホントは笑ってるだけではすまされない問題です。

POTUS = President of the United States

ブッシュ米大統領、自転車でまた転倒

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・・・・ハッスルって、なに?

高校球児よりも流行に疎いのは自覚していたけど、高野連のお歴々も隅に置けない。
お歴々も知ってたのね、ハッスルポーズ・・・
あたしゃ知らなかったけど

神か悪魔か…高校球児に「ハッスルポーズ」禁止令

ボストンにおける民主党党大会をテレビで見ながらヤフーのニューストピックスを見ていたら飛び込んできた「ハッスルポーズ禁止令」。

・・・倒れてから未だ腸炎、今日も熱出た人間は流行に取り残されていまして、ある程度のニュースやマツケンサンバは知っていても、ハッスルポーズを知らない。格闘技の世界から始まり、スポーツ界に旋風を巻き起こし、ハッスル事業部長までいるとのこと。

そこで、丸井乙生さんによるハッスルポーズ誕生秘話という記事でで勉強することに。
「モーレツ」に似ている概念(これなら知ってる)で、そして明るく爽やか、そうした思いを込めて拳握ってひじを90度に曲げてハッスルハッスルと言いながら腕を引いて腰を突き出すのがハッスルポーズ。

・・・わかったようなわからないような。
やる方も元気が出るし、見た方も俺も頑張ろうと感じられるポーズという理解のいいのだろうか。

一番分からないのは、こういったものが高校野球にそぐわないのだろうかという点だ。
記事を読んでいて、高野連の人々が高校野球にものすごい思い入れがあるのも分かるのだが・・・・

うぅ〜ん、どうでしょう。とりあえず、ハッスルハッスル

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2004年7月26日 (月)

ネットモラル教室、意外(?)と不人気の影で旧態依然とした教育

意外と不人気? 試行が続く小学生向けネットモラル教室

個人的にはもっと意外なのは、旧態依然とした教育現場だ。情報社会において、ネットモラルに関わらずリテラシー教育は重要な側面を持っている。だから、こうした活動は非常に貴重な活動なのだが、教育現場の取り組みは遅いようだ。

個人的に思うに、受講者が集まらないのは意外でもなんでもない。受験・資格といった先行投資ならともかく、マナー教室にお金を使う親は少ないように思える。それに必要だと思っていても、お金を使う余裕は普通ないと思うのだ。子どもだって、わざわざマナー教室には行きたくないだろうという指摘にもうなずける。

リンク先の記事でも公教育との絡みが紹介されているが指摘されているが、個人的にはこうした活動は公教育の場で行われるべきだと思う。現代の読み書きそろばんを読み書き能力なのだからこの問題は公教育の問題だ。

にもかかわらず、「公立小学校で授業するには文部科学省や地元教育委員会などの許可が必要。たとえボランティアで講習を申し出ても、営利企業なため警戒され、なかなか許可が下りない」(佐々木氏)なんていう問題もあるようだ。

しかし、今の教育現場でネットモラルなど教えることが出来るのかというとはなはだ疑問である。とある都道府県の情報モラル指導資料に目を通してみても・・・(以下引用)

Q.学校情報ネットワークで、フリーメールを利用することはできますか。

A.学校情報ネットワークでは、外部のサイトのフリーWeb メールについては、使用することができないとする指導が必要です。校内では、教員の指導のもとで、生徒がメールを使うことを想定し、メール使用のアカウントの発行も、学校で行えるようにしています。フリーのWeb メールが使えるようになっていると、学校での指導を受ける前に、生徒がメールを使うことが可能となり、教育活動に支障をきたすことも考えられます。(引用終わり)

・・・ちなみに高校で教える内容の指導資料である。
ナウなヤングはメールなんて、先生に教わる以前にとっくにやってます。携帯電話で出会い系サイトにアクセスなんていうのがとっくの昔に言われている中で、携帯でメールをやっていないわけがない。

こういう指導資料作っている一方で、外から来る専門家が商売で来てるんじゃないかと行き過ぎた対応をしている先生方こそ、いろいろと勉強してもらいたい。

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2004年7月25日 (日)

教える側が法を侵そうというのか

教科書採択、教員に影響力行使促す 日教組、出版社名挙げ文書配布

民主主義において一番大切なのは、投票行動ではなくプロセスだ。
法によって定められたプロセスによる結果を社会に還元しよりよい社会を築いていくのが、民主主義社会のあり方なのではないのか。プロセスに問題があるなら、議会によって法改正を行えばよいのだ。

にもかかわらず、産経新聞の報じるところでは日本教職員組合が『「教科書の採択権は、本来、『児童の教育をつかさどる』教員が最優先されるべきである」と指摘。さらに「(文書を)各学校での話し合いの参考にしていただきたい」として、採択権者ではない現場教員に影響力行使を促している。』とのこと。

なんたることか。

教科書の採択権者は地方教育行政組織法で各採択地区内の市町村教育委員会である。
日本教職員組合がこのことに不満があるなら、地方教育行政組織法の改正を主張すればよいのである。にもかかわらず、それを法律を乗り越えて影響力を及ぼそうとするなどというのは、民主主義社会に生きる人間を育成するべき教育者としてのあるべき態度ではない。

そもそも個人的には、このご時世に教科書の「侵出」「侵略」問題とか、ここで指摘されている「さげすんでみていた」と加えているのは生徒に分かりやすくてよいとか、という価値判断を生徒に押し付けようとするのはまったくの間違いなのではないかと思えてならない。

善悪の判断などというのは、さまざまな情報から生徒が判断すればよいのであって、教科書にどう書いてあるからというレベルで行うべきものではないはずだ。

この民主主義社会においては歴史認識云々よりも、プロセスを定めた法律の重要性こそを教えるべきなのではないのか。もしその法律そのものに問題があるなら教育とは別の場で主張すればよい。にもかかわらず、それを乗り越えて影響力を行使しようという姿勢が本当に先生方にあるとするなら、そんな先生の姿に生徒は規則や法律、プロセスというのはさほど重要ではないと間違って感じてしまうのではなかろうか。

結果が全てだという声がある、確かに結果は重要だ。しかし、そのためのプロセスに問題があってはならないし、よりよい結果を生み出すべくプロセスを改良してゆくのが民主主義社会としてのあり方だ。ましてや「こうあるべきだ」などという問題提起を通り越した独善的な押し付けなど、教育の現場でなくとも一リーグ制論議やファシズムや独裁者の圧制に苦しんでいる人々といった風にさまざまなところで見られるように、誰も望んでなどいないのだ。

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2004年7月24日 (土)

所詮、そういうもの

ロイター「華氏911」、米大統領選に影響小さい=世論調査

この記事によると、ロサンゼルス・タイムスの調査の結果、映画で選挙行動はあまり左右されないっていう感じの人が多いとのこと。

そりゃそうだろう。「アンチブッシュで作りました!」っていう映画は映画としての価値はあるにせよ、その映画見て「あぁ、やっぱ悪いやつなんだ」なんていう間抜けはいないという話である。世論調査の結果もそんな感じなのではなかろうか。

ブッシュ政権の裏側を抉り出す、っていう意味では価値があっても、おそらくケリー陣営が有権者の投票行動を左右させる道具としては使えないし、使うはずがない。日本で、在外投票訴える上映会が・・・っていうニュースがあったけれども、民主党員に招待状が送られたみたいだし。

ずっと前のこの雑な記録にも、「曽我さんの家族帰国が選挙目あてなわけがない」見たいなことを書いていたけれども、露骨なキャンペーンほど民心がはなれていくものはないことなど、素人が分かるぐらいなのに政治家が分かっていないわけがない。

華氏911のようにAnybody but BUSH.という動きがあるにせよ、おそらくケリーは静観、ブッシュ陣営側も猛反撃なんてことはない。そういったものが政治的な動きのイニシアティブをとることはない。単に、不確実な動きの中の一つでしかない。所詮、そういうものなのではなかろうか。

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2004年7月23日 (金)

平仮名・片仮名で名前問題が起こったのか?

削除が取りざたされていた人名用漢字。まずは9文字削除。そりゃ、削除しようがそんな文字をつけないと思うからなくても誰も不自由しないけど、釈然としない。

そもそも規制しなくたって大丈夫なのだと思う。昨日は触れなかったけれども、同じような問題が平仮名・片仮名で起こってはいない。「くそ」とかつけないだろうと思うのだが。

確かに、漢字は文字そのもので意味を表すから、それだけ重要である。しかし、記号としては組み合わせていったり、読みを訓読みにするか音読みにするかで意味合いが変えることだって可能。本当に子どもの不利益とかを問題とするなら、削除することのみではなく、本来そういった組み合わせとかまで考えるべきなのだ。

前から「悪」と「魔」はあった。これ組み合わせて名前をつけようとしたとかで大騒ぎしたことがあった。それでも個人的には、親に任せりゃいいのだと思う。イヤなら、子ども自身が変えりゃいいんだし、親には親なりの考えがあったんだろうと思う。

確かに、削除したってつけそうもないので誰も不自由しないだろう。しかし、名前をつけるという親の子への思いが一番反映される行為に、こういう形で規制をかけることが、果たして良いことなのか。そう考えると、このニュースには釈然としないものを感じる。

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2004年7月22日 (木)

こんなの名前につけないってのに→糞屍呪癌姦淫怨痔妾蔑…

タイトルに示したのは、子どもにつけたくない名前のトップ10。で、こうした文字を、名前としてつけられるものから削除してほしい、とお上に声を上げる動きがある。しかし、普通にこんなの文字を子どもの名前に使わないだろうに・・・

普通じゃないことが起こりすぎる世の中、そこまで疑わなければならないのか。で、その理由は、子どもがいじめられるとか可哀想とか、良識のない親に委ねるのは問題だとかとのこと。

なんというか、もうむちゃくちゃでござりますがな。

そもそも人名用漢字の拡大は、「真面目にしっかりと考えた名前なのに、肝心の漢字が使えない」、っていうところから始まった。で、去年12月の最高裁でよく使われている漢字に関しては名前に使ってもよいという判断が出てきたので、拡大にいたったという経緯がある。

にもかかわらず、「これでは足りない」ではなく「こんなもんは減らせ」となるのがよく分からない。どうして、そんなことをお上の強制によって制限されにゃならんのだ。

より増やす方向なら理解できる。パソコンによる名前入力では旧字体は使えないことが多い。そのため名簿上では新字体だけど、本当は旧字体って紹介する人もいる時代だ。だからこそ、文字を言葉を大切にしようというところから、超漢字とかに光が当たったりもする。

そんな時代に、そもそも名前につけられる漢字が制限すること事態がおかしくはないのか。

こういう漢字を使ってはいけない、というのは名前がそれだけ大事だということなのではないのか。だったら、より増やす方向があるべき方向ではないのだろうか。

大体、たとえ「寿限無寿限無 五劫の擦り切れ 海砂利水魚の 水行末 雲来末 風来末 食う寝る処に住む処 やぶら小路のぶら小路 パイポパイポ パイポのシューリンガン シューリンガンのグーリンダイ グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの 長久命の長助」という名前をつけたとしても、子ども同士では、じゅっちゃんとか長助から長さんとかおいっすとかのあだ名で呼び合うだろう。不利益があるといえば、名前欄に苦労することぐらいである。

大体気に入らなければ、後に変えればよい。桂小五郎から木戸孝允ってなのもあったことだし。

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2004年7月21日 (水)

情報戦争の時代

情報戦争というと、情報が銃弾の雨のように降り注ぐというイメージを持つ人も多いのかもしれない。戦争と聞くとイラク戦争のようなもののみを思い浮かべる人は多いかもしれない。

戦争とは人殺しという考え方もあるが、やはりクラウゼウィッツの言うように戦争とは政治の延長線上にあるものなのだ。だから、情報戦争という戦争に気づかずに平和ボケしてブームにしか目が行かないことが多い。

その戦争は韓国と中国で起こっている。こう書いてる私も正直、テレビの韓流(韓流ブームって韓国文化流行流行って感じで日本語的に変な気も)ぐらいしか知らず、こうした面は知らなかった。写真集に待ったどころの争いではない、ホントに戦争なのだ。

朝鮮日報、2004年7月15日「中国軍によるハッキング介入の有無を洗い出すべき」によると、韓国の国防機関の情報ネットワークに中国人民解放軍所属の外国語学校出身のハッカーが進入したという。使ったコンピュータは特殊なものであり、中国軍のバックアップがあったと考えられ、流出した資料はタイトルだけを見ても保安上極めて重要なもので、数十億ドルを費やし構築した兵器体系や軍事運営情報が何の役にも立たなくなる状況に無防備にさらけ出されたという・・・

戦争というとクラッキングとかの方がイメージと適合するのだが、情報戦争とはアメリカ国防省による「情報、情報システム、意志決定などに対し、影響を与えたり、防御したりする活動」と定義されている。実際、本当に中国軍によるものなのかは定かではないにしろ、この問題は韓国で大問題となっている。

では、日本は大丈夫なのか。最近ではあまり聞かないものの、中央官庁のホームページが何者かに書き換えられるという事件があった。もし、有事時に公報が書き換えられたらとんでもない混乱が起きてしまう。

ネットワークセキュリティ、ウイルスメール、なりすまし・・・個人・企業にとって重要といわれて久しいが、インターネットの起源は軍事・国家安全保障の観点からだった。

情報戦争というまったく新しい戦争形態が生まれているこの時代に、国家のネットセキュリティはあまり目がつきにくい脅威だからこそ非常に重要なのだ。

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2004年7月20日 (火)

「胎児が一般ごみに」の事件を、中絶を考える端緒に

中絶胎児を一般ごみに 横浜市が産婦人科を調査

何たる事件か。読み解いていけばいくほど、やるせなさが増してくる。

まず、母体保護法では経済的身体的理由があるないし強制的に姦淫させられた場合、妊娠22週未満であれば法律で指定された医師・施設で中絶という名の人殺しが可能である。

また、墓地埋葬法で定められているのは妊娠12週以上の胎児でそれ未満なら、感染性廃棄物として処理されてしまう・・・・命の尊厳、というところからは遠く離れてしまっている。

個人的に中絶には原則的に賛成できない。こういったとき、「あなたは女性の権利を認めないのか」と言われ、言い争いになったことがある。

こうした言い争いには良くあることである。この問題に関しては、生命の価値を最大限に重視するところから中絶に反対するプロライフ、いつ・どれだけの子どもを生むかは女性の人生にかかわることだから中絶に関しては女性の判断を重視するプロチョイスという二つの立場があり、難しい問題であるにせよ典型的な対立図式となっただけの話である。

私は、女性の権利と子どもの権利どっちが大切と聞いてきた相手に対して、「あなたは権利の内容は言っていない」と言い返した。
子どもの生命権と女性の自己決定権を同列に論じるのはおかしいと思うからだ。自己決定だからといって声も上げられない命ある存在を殺すなどという殺人行為を認めるなんてことできない。
認められるとすれば、胎児の生命権と女性の生命権が問われるときのみだ。

こういう問題のとき、論じられるのはこういうことで、論争相手は、では、避妊を心がけていても妊娠してしまった場合には望まなくとも生み育てなければならないのか、そうした鬱積によるキッチンドランカーや虐待の問題はどうするのかと述べる。男性はこうした時そうした責任から逃げるのだ、というように言う。

この問題は、こうしたステレオタイプ的な議論になってしまいかねない。しかしである、こうしたさまざまな倫理観を問われる出口のないかもしれないイシューこそ、9条問題などといった問題よりも大きな政治的なイシューであるべきではないかと思う。

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2004年7月19日 (月)

情報の力の強さ−鈴木政権の時代を振り返ってみて感じること

鈴木善幸元首相が逝去。就任時にはまだ生まれてなかった鈴木元首相のことをちょっと振り返ってみた。

そこで感じたのは、日常とあまり変わらないことだった。情報というのはものすごい力を持っている、そんな当たり前のことだった。

鈴木元首相といえば党内融和を図った「和の政治」。功績は「増税なき構造改革」を旗印に中曽根元首相期に実を結んでゆく行政改革への端緒をつくり、参院選で全国区の比例代表制を導入する公選法改革を行ったこと。しかし、主に外交問題で行き詰まり総裁選で再選を確実視されていたが退陣した。

この外交問題での行き詰まりには対米関係と教科書書き換え疑惑問題の二つが挙げられるが、ここに情報が絡んでくる。またその情報は、発信した情報と周りで勝手に出てきた情報の二つに分けられる。

対米関係の悪化には、首相自らが発信した情報の強さによって退陣へいたる一端が見え隠れする。「日米同盟関係に軍事的意味は含まない」という情報の発信が、当時の冷戦下の状況であってはなお不味い情報だった。これにより、日米関係は当然のように悪化し、当時の外務大臣が退陣するという痛手をこうむってしまった。

しかし、私がより注目したいのは、周りで勝手に発生した「文部省が教科書の表記を「侵略」から「進出」書き換えせた」とした誤報が世界を駆け巡り、対アジア関係も国内における鈴木首相の印象が悪化してしまった問題だ。こうしたありもしない情報が、さもあるかのように見聞され対中・韓関係は非常に悪化し、近隣諸国条項が生まれた。

しかも、この誤報が公式にデマであるとされたのは2001年。一つの情報が訂正されるのにここまで月日がかかるのか、もしくは訂正しようとしなかったのかは分からないが、情報というものは出された瞬間に力を持っているのは確かだ。

そんな風に振り返りつつ、こういう風に文章かいてるのも(って言っても読んでる人はそんなにいないだろうけど)気をつけなければならないし、日々入ってくる情報の真偽等の判断というものが重要なんだなぁとしみじみと感じてしまった。

事実を知ることなしには人間はきちんと考えることは出来ない。誤報に関しては、考える能力を高める情報をマスコミがしっかりと伝えないことが妨げているように思えるが、もはやそれだけでは情報の把握が出来ないほどに情報があふれかえってる世の中では、そういった価値判断までも個人の手にゆだねられている。
となると、きちんと考えるためにはこうした情報の力以上に個人の能力が上回っていないと正しい判断が出来ないように思える。

・・・・なんか、生きにくい世の中になったようにも思えるけど、日々療養じゃなかった精進あるのみ。鈴木元首相の志に触れ、そう思いました。

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2004年7月18日 (日)

名門銀行がテロ資金洗浄て・・・

日本で銀行再編の嵐が一部で吹き上げる中、アメリカではトンデモないことに・・・

テロ資金洗浄で“墓穴” 米リグズ銀が身売り
金融とかそんなによく知らないけれども、山一とか第一勧銀とか北海道拓殖とかみずほとか日本でも大騒ぎしたことありました。けど、個人的には歴代大統領や在米大使館との取引で有名だったこの銀行がテロ資金洗浄に手を貸していたということの方がよっぽどショックが大きかったのではないだろうか、なんてことを感じました。

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2004年7月17日 (土)

職業倫理すら問えない実態

技術が進んだって、機械を作るヤツ、整備するヤツ使うヤツ、人間の側が間違いを起こさなけりゃ機械も決して悪さしない、といった感じのセリフがパトレイバーの中にあります。

確かに、社保庁328人が個人情報閲覧、500人以上処分へで責めを負うべきは処分された者達であるが、業務外の人間が見れないようにするプログラムとか組み込んでおけば良かったんじゃないかとも思えてくる。

どちらかといえば、そのシステムを扱う人間ではなくシステム環境そのものを変えてしまうことでこういった問題を解決するという考え方は好まないが、500人以上の違反者がいたという事実のみならず、担当職員数以上に年金照会カードを支給していた事実からも考えてもらいたいものだ。

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2004年7月16日 (金)

王監督、気配りの人

王監督「渡辺さんがかわいそう」 セ5球団の反1リーグ制方針転換問題視

個人的には一リーグ制の是非とか野球に造詣が深いわけではないのでまったく分からないが、広く議論をするという姿勢でないのには疑問だった。
だから、阪神が待ったをかけたときは「さすがは阪神、星野さんかっこいい」と阪神ファンというのもあってうなずいていたものだった。
しかし、王さんの言うように会議の場でそういうことを言わなかった球団社長というのも問題があるように思える。そういうことだと一人悪者になるナベツネという構図になってしまうというのもうなずける。
パリーグのダイエーの監督というところから二リーグ制だと試合回数が減ってしまうということから、こうした動きに反対という面もあるのだろうが、議論すべきな場で議論をしないがためにその場をリードした人間が攻められてしまう構図を指摘するということはすごい気配りがなければ出来ないのではないだろうか。ダイエーファンの中でもやっぱり二リーグという声がテレビを見ている限り多かったにもかかわらずだ。

一リーグ制を論じるにせよ、二リーグ制を論じるにせよあらゆる部分に気を配り、おかしいことにはおかしいという王監督。王さんは、意見の対立が生じた時に善悪二元論が跋扈しやすい現代日本における冷静な気配りの人といえるのではないだろうか。

それにしても、阪神・星野さんはかっこいい・・・

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2004年7月15日 (木)

お遍路さんにいってらっしゃい

菅直人が自分を見つめなおす旅に出た。

そのたびの地は、四国八十八カ所巡り。なんかパフォーマンスに見えなくてもないけど、すべての政治家にはお遍路さんに行っていろいろなものを見直してきてほしい。

公選法とか政治資金規正法とか。まぁったくなにやってんだか、民主党比例で当選した歌手の喜納昌吉氏の運動員は未成年者使いビラ配布で幹部(自治会長)まで逮捕され、橋本派では政治資金規正法における献金の報告ミスかき虚偽記載かでもめにもめている。辻元・鈴木両氏は執行猶予中ないしは裁判中に立候補したり、法令順守にかけるデリカシーというものを疑いたくなる行動までとっている。

ホント、一度お遍路さんに行ってきて、十善戒の誓いを立ててきてほしい。

十善戒の誓いとは、
殺生しない
盗みをしない
邪淫はしない
嘘をつかない
お世辞をいわない
悪口をいわない
二枚舌を使わない
慾張らない
怒らない
誤った考えは起こさない
の10の善をお遍路前に誓うというもの。

特に政治を志すなら公選法を守る、政治資金規正法を守るとかそういう誓いを立てて実行してもらいたい。

けど、官僚もなんだよな。官僚といっても今回は厚生労働省。年金改革法の条文ミス30余か所、厚労省が職員処分へ。法律案提案する法制局ないし与党政治家がチェックすべしというのもあるけれども、野党政治家もどうしてこういう部分を指摘せずに「政府案はでたらめだ」と言わなかったのかということも感じるけど、1.29を隠したりする官僚の皆様にもお遍路さんに行って10善戒の誓いを立ててほしい。

と、書いては見たものの、この誓いって人間にとって当たり前と言えば当たり前。
・・・おいらも腸治ったら行ってみようかなぁ。

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2004年7月14日 (水)

良薬もにがりも過ぎたるは及ばざるが如し

処方された薬だからといって、飲みすぎてはいけない。私の場合は、常識的な判断のほか腸の粘膜が余計に刺激を受けてしまうといった危惧からそういったまねはしていない。

ただ、健康にいいからと聞く食べ物でおいしいものであれば食べ過ぎてしまう節があり、度々反省しなければならないと思うときがある。酒は百薬の長ったってねぇ、適量じゃなきゃだめなのです。

だから、にがりって食べたことないけど共同通信の「にがり」取りすぎ注意 ブーム過熱で国立栄養研の記事は他人事ではない。それによると、にがりの主成分は塩化マグネシウムで、医薬品の世界では下剤にも使われているという。
個人的には、「なるほど、あの下剤それほど飲みにくくなかったけど、そういう理由もあるのかなぁ」としか感じなかったけど、ダイエットににがりを過度に活用なさっていた方はご注意を。老婆心ではありますが、にがりは知りませんが、下剤でやせなかったというのは実体験で知っておりますゆえ・・・

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2004年7月13日 (火)

少年犯罪→精神鑑定というのはおかしい

少年法なんてなくなってしまえと思っている私にとって、少年犯罪であれば必ず精神鑑定を行うべしというのは不可解極まりない。

精神鑑定は刑事罰の軽重であったり責任能力の有無を判定するのが目的なのだから、そもそも刑事罰に処せられない14歳以下の子どもに対する精神鑑定に何の意味があるのか未だに分からない。

なぜだろうか、子どもが人を殺すことが異常なことだという意識でもあるのだろうか。そういうことをいうワイドショーには、大人が人を殺すことだって異常なのではないのかといってやりたくなる。
ある殺人事件で加害者の態度が悪ければ、それを猛烈に非難するくせに、別の殺人事件で少年が加害者だったら心のケアを訴え、少年法の廃止とか言う人間には人でなしとか言うダブルスタンダード。

そういう人間が、選挙が終わったりして政治家のダブルスタンダードを思いっきり非難して嘲り笑っているのを見ると非常に腹が立つ。

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2004年7月12日 (月)

自民党はだれに負けたのか?−ちなみに森派は勝ったみたいよ

(敬称略でお届けします)
穫得票数から見て、民主党は自民党に勝った。
じゃぁ、自民党は誰に負けたんだろう。
実は、小泉に自民党が負けたんじゃないのかなぁと考えるというのが私の視点。

民主党が自民党の議席を減らせれたのはたったの1。勝敗ライン割り込んだ自民党幹部は笑えるわけないけど、岡田をはじめ民主党の幹部もこれじゃぁテレビに出てきても笑うに笑えんわな。

議席の足し算引き算で考えるなら、有権者が自民党から民主党に与えたのは1議席だけ。浮動票が流れた、とよく言われてるけれども、共産党が議席を減らして民主党のほうに行ったという風にも考えられる。

また、小泉構造改革に対する是非が問われた、ってな話になるけれども大筋でいえば民主党も構造改革を訴え「そんなの小泉さんらしくない」なんてな国会でのやり取りもあるぐらい、小泉単体では民主党と似通った部分を持っている。

で、小泉の出身派閥である森派は負けてる選挙の中で6人増。小泉政権にNoならここが一番減ってておかしくないはずなのに、勝った。

小泉・岡田のパーソナリティの違い。軽い小泉と重い岡田。たしかに、「人生いろいろ」とかちゃんと説明をしない小泉にNoということで、真面目な岡田っていうのも、民主躍進の一因ではある。けど、それで減ったのは一議席だけ。

かといって、小泉以外の顔というのもどうだろう。ポスト小泉といわれている人物のお膝元の岡山でも、自民党は負けた。

こういろいろと考えてみると、実は自民党は小泉に負けたんじゃないかと思えてくる。実際、選挙中盤でのマスコミ報道があって締付け(あと学会にお願いに行ったり)したと言われている。逆に言えば、そうでもしないと勝てないぐらい票田が痛んでいたんではなかろうか。

「変わらなければ、自民党をぶっ潰す」とはよく言ったもんで、構造改革で従来型選挙じゃ勝てない土壌に変えた結果が今回出てきたんじゃなかろうか。かといって、比例で負けている以上、構造改革に逆行するとますます民主に差をあけられ、票が取られる可能性すらある。

こう考えてみると、小泉やるなぁ。

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2004年7月11日 (日)

「投票はお済ですか」なんておせっかいも言われたかぁないし

「投票はお済ですか」なんておせっかいをニュースの端々で言ってるのを聞いて腹を立てたくないからという理由もほんの少しだけあって、投票を済ませてきました。

家のすぐそばに投票所という地の利を活かし、6時54分発6時56分着。一番乗りなんていうことはないけど、先にいるのは2,3人かなぁと思っていたら、すでに約10人。投票所が開く7時には15人くらいはいただろうか。

意外と多いなぁとは思ったけど、住んでる地域の投票率が前回総選挙で約70%ということをあながち意外でもない。これが自然、って感じだった。だから、別に意識が高いというわけではない。投票に行くのが普通、ないしは早朝なのは早く起きたからといった感じでもあった。「比例代表は政党名もしくは候補者名」、政党名だけじゃないのって感じの人も結構いたし。

投票に行くこと自体は行かないよりは良いに決まっている。けど、行くことが偉いわけではなく社会を形成する上でごくごく自然なこと。投票に行ったかどうかの確認なんて野暮ではないだろうか。

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2004年7月10日 (土)

明日の今頃には祭囃子のように当落がピーヒャラなり、まれに取り消し太鼓が響くんだろうなぁ

このブログの下書きを書き始めたのが23時。明日の今頃には、各社出口調査による予測議席数の当たり外れ具合が分かるぐらいにはなっているに違いない。

ところで政治とは政(まつりごと)、祭りということで「同じアホならおどらにゃ」なんてことをいって投票行こうなんて言ってるけど、祭りの集客力であったり参加率も落ちている。祭りはむしろ、選挙特番。一票投じたあとのお楽しみ。明日の今頃には祭囃子のように当落がピーヒャラなり、まれに取り消し太鼓が響くんだろうなぁ

例年、祭りなんて言うキャスターもいるが、そういう目で選挙を見るのではなく、自由と民主主義を形成する行動を投票行動として行い、結果を祭りとしてみるぐらいでいいのではないだろうか。

今回は誤差縮まるのかなぁ、予測議席。

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2004年7月 9日 (金)

そんなわざとらしいことするもんかなぁ

前々から思ってたんだけど、選挙前に曽我さんのご家族との再会っていうのは選挙で形勢が不利だからとかいう話はちょっとおかしいんじゃないかと思う。

年金制度とかややこしいことを、いろいろややこしくすることに長けている、もしくは外交という国家の安全保障のみならず軍事・経済・科学技術・同盟関係等々いろいろややこしいことを一手に行っている人たちが、選挙のための隠し玉を打ち出すとしたら、もっと巧妙にしてやるはずだと個人的には思う。

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2004年7月 8日 (木)

個人的には人様の日記に文句はございませんが、スノッブでもいいじゃないかと思い

ライブドア社長と個人を名指しして鼻持ちならないって、マスコミの方が会社のHPからリンクを貼って、会社名も肩書きも明記して刺激的なことを書くなぁ、かっこいいなぁと思いながらも、なんかわだかまりを感じてました。わだかまりといっても、別に鼻持ちならないと書いてあることにどうこうと言うわけではなく、スノッブでもいいじゃないんかなぁと思ったからです。

一時期テレビとかでも、女子高生が景気を支えるとかそんなこといってましたけど、バイトもあるけど結局は親に稼いでもらってる生活ができる消費に支える景気なんて長続きしないんだから、こういう「スノッブ」かもしれないけど自分のやりたいことを、何か事業立ち上げて儲かった人に金つぎ込んでもらった方が消費の形としてはまともなような気がするのです。

むしろだまくらかされて、お金持ってる人がお金を使った方が経済がうまく回るような気がする。所詮、私のような貧乏人には本物の高級な「通」なんて堪能できませんので、お金持ってる人が「通」とか「粋」とかそういうものを感じてお金を使うだけではなく、その真髄を感じて情熱を傾けていくことにより、この国もよりよくなっていくってもんではないでしょうか。

個人的には、堀江社長になにかに共感し情熱を注いでいる人だという印象を抱きました。

最後に話は変わりますが、私は小池さんのこの日記「喧嘩うってる」っていうより、日記に載っける内容なんだから、単なる「ぶっちゃけ」なような気がしました。

追記:なんか人知れずAさんが普通の日記(この際取材メモでもいいや)に「Bの野郎、こんなんかいててムカつく」なんて書いてあって、小さな記事にでも悪口匂わせるより、ブログというかたちで表に出てる分だけむしろ健全なんじゃないんかなぁと思いました。そんなことは共同通信のみならず、マスコミではないんでしょうけども。

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ゲゲゲのゲッパート−N.Y.POSTのKERRY'S CHOICE: Dem picks xxxxxxxx as VP candidate

まずは、http://story.news.yahoo.com/news?tmpl=story&u=/040706/480/nyr10107061606
、もしくは、http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040707-01914969-jijp-int.view-001の写真から。

これはニューヨークポストのいわゆる大誤報ってやつで、ご承知の通り2004年大統領選挙における民主党の副大統領候補は、John EdwardsでDick Gephardtじゃぁない。

どうしてこういうことになったかということに関しては、ケリー陣営としてはもう秘密裏に秘密裏にあっと驚く凄い候補をって形で人選を行っていたためだという指摘もなされてるけど、結局は予備選に二番手のエドワーズという伝統的な、言って見たら無難なVP候補となったからだとか。

で、なぜゲゲゲかというとやっぱ対日強硬で対外通商強硬派なゲッパート条項を打ち出しスーパー301条を結実させた張本人となると、景気回復に興味がある日本人としてはいやになる。

あと有力視されていたにもかかわらず、ゲッパートはなぜ落ちたのか。民主党大統領候補を選ぶ際重視されたのは、「ブッシュに勝てる候補」というもの。そのため保護貿易主義者と言われるゲッパートを、いくら長年下院の民主党の顔を張っていたとしても大統領候補にしても副大統領候補にしてもブッシュ・チェイニーに勝てないだろうと言う計算が働いたからと考えられる。

対するエドワーズは、若手ながらも所得格差等に起因する「二つのアメリカ」を演説に入れたらみんなが真似した、またそうした所得格差を一番理解している候補者として、奥さんがハインツ家でありボーンズマンでもあるケリーにとって足りない部分を補う人材であり、大統領候補選でもきわめて善戦したからではないかと考えられる。

かといって、エドワーズにもチェイニーと比べて政治経験に乏しく、いざというとき大統領として力量を発揮できるのかということが示せなければ足が引っ張られるかもしれないと言う弱点がある。

といっても、やはり選挙戦は根本的に大統領候補同士の争いでもあるし、Anybody but Bushと言う動きとブッシュ陣営が距離を置くのは勿論だが、ケリー陣営も少し距離をとってるってニュースでもやってたから、まったく両陣営がコントロールできないところで大きな動きもあるのもこの選挙の特徴なのだろうか。

よくわからんけど

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情報モラル、足元見直そう−情報社会における子どものモラルに関する懇談会

長崎における小6同級生殺害をうけて、文科省が情報社会における子どものモラルに関する懇談会が開かれたのはちょっと前のことらしいが、ネットでニュース読んではじめて知った。

こういう悲惨な事件を防ぐための政策というのは、一つでは出来ないだろうから、一つ一つ考えていかないといけないからなと思いながら、懇談会に関する記事を読んだんだけど。その印象が共同と毎日でによってぜんぜん違うのに驚いた。

共同通信社の配信記事「有害サイト規制を議論 長崎事件受け文科省懇談会」では、この会では有害メディア規制が論じているということにウェイトが置かれているが、毎日新聞社の「小6同級生殺害:「情報モラル」で、文科省が初会合」では、この会では子どもにリテラシー教育が必要だと論じていることにウェイトが置かれた記事構成になっている。

それを踏まえてもうすごし調べてみたら、この懇談会に対する責任転嫁をしているであるとかステレオタイプといった過度な論評が共同引用オンリーで出てくる出てくる。

確かに、共同にあるような、小野晋也文科副大臣の小説「バトル・ロワイアル」に関連しての「どんなに教育をしても、子どもが殺し合うような映画を見せられたら、その影響は食い止めようがないのではないか」なんていうコメントには、「どんな教育をしても、未納者に不誠実な未納政治家を見せられたら、その影響は食い止めようがないではないか」って年金に携わる方々が言いたくなるのもわかる。言ったの聞いたことないけど。

しかし、情報を発信する側の質を上げるべきだっていうもありだ、と思う。

例えばこれがそう思わせるもの。社会保険庁、国民年金保険料免除期間が有る方の年金額簡易試算の誤りに対するお詫び

子どもが犯罪に走った原因を情報モラルに求めるなら、年金不振で不審不信を情報モラルに求めることさえ出来るってなってしまう。こういう理解でも一応的を射ているが、他にも的は星の数ほどいっぱいある。

情報社会に生きているのは、あたりまでのことだが子どもたちだけではない。こういったことを肝に銘じて生きていこうと思う。リテラシーや予備知識がないとこういう社会保険庁の簡易試算にだまされかねなかったのだから。

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2004年7月 7日 (水)

侘び寂びでもう一本、萌えが入るらしいの件

徹夜の侘び寂びについて言ってみたけど、今度はオタクの萌えぇがそれと類似した概念であるという話があるという話。

結構前から言われてるけど、「趣都の誕生 萌(も)える都市アキハバラ」の著者の若手建築学者森川嘉一郎氏が数ヶ月前に「『侘(わ)び』『寂(さ)び』と並ぶ、特徴的な日本の美意識が“萌え”」と産経新聞の取材に答えている。

どうしてこういうことになるのかというと、この「萌え」がある種侘び寂びに似た自虐的な性格を持った言葉という認識から派生して、ちょっとした語呂合わせから次第に広がりつつあるのかもしれない。

で、どうしてこの森山氏の発言がここまで注目されたのかというと、9月に行われるヴェネチア・ビエンナーレ 第9回国際建築展 日本館展示のコミッショナーであり、そのテーマが 「おたく:人格=空間=都市」(仮) というところに因るみたい。

このテーマ等々の詳しいところは、日本館主催者 独立行政法人国際交流基金のHPにあるんだけど、競争力があるとかいわれているジャパニメーションとかそういう分野に役所が絡んで果たして大丈夫なものなのかと心配にもなる。心配というより、戦後傾斜生産方式とか以外のことを考えたりすると、萎えぇでもある。

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なぜにそんなこと競うのか?・・・徹夜とか

病人生活とはとかく生活リズムが狂うのかもしれない。普段こんな時間に起きたりしないし・・・

よく考えてみれば、元気だったころ4つのレポートにプレゼン3つとか笑いながら言ってた気もする。まぁそういう生活もありだけど、「そんなのなんてことない」って鼻括っていう余裕なんてありゃしなかった。徹夜やったでぇとか言うとったし。

確かに、どれだけ頑張ってるかというストイックな生活自慢でもあるかもしれないが、タイムマネジメントはできなかったけどリカバーできないふりをして余裕を見せる部分もあったのかもしれない。

この状況は侘び寂びの文化の表れでもあるように思える。江戸時代のエスタブリッシュメントの中ではやった貧乏な振りをするようなことを侘びとか寂びとか言うとったわけやけども、時間がなくてピンチな振り(振りとあえて言うのは、結局みんなレポートこなすから)をしてるのと似てるかもしれない。

こう考えてみたら、そういう行動は日本の伝統文化を継承したものなのかもしれないけど、度を越えたら体にも悪いし決してプロフェッショナルではない。ちなみにプロフェッショナルではないというのは高名なノンフィクションライターの佐野眞一氏の言。

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2004年7月 6日 (火)

情報社会での電子投票と期日前投票

再び期日前投票。どうしてこれにここまでこだわるかというと、民主主義の制度というだけではなく実はこれからの情報社会と密接に関係したものでもあるからです。
不在者投票と違って、選挙人(投票する人)にとっては封筒やらの手間から解放されるし、選管の人にとっては事務手続きが簡略化されるし、置き去りもなくなるだけじゃないんです。
平成15年6月3日当時の片山総務大臣閣議後記者会見の概要や、平成14年2月の「電子機器利用による選挙システム研究会報告書」 にも期日前投票の違いと不在者投票の違いと電子投票の関連がでてくるのですが、ちょっと個人的には分かりにくいです。

理解できる範囲では、選挙の正当性かつ正統性を担保した上で、期日前投票とはある意味で選挙における当日に投票所で投票してはじめて投票となるという概念を動かしたが、一方でその導入過程と同時並行的に行われていた一部地方自治体における試験的な電子投票による不在者投票についての受理不受理の判断は電子的に簡単に出来るのだから、電子投票時代における不在者投票と期日前投票の違いはあれどそれはそれでどうしようという話かなぁって感じなんですが、詳しくは報告書とか読んでみてください。

素人なりにこうしたことを考えてみたところ、電子投票なら、いつでも好きなとき(公示後)に一定期間に簡単にピポパとやって投票って形にすればいいと思ったりするけど、選挙活動はどうなるんだった話にもなる。ネットに接続された端末で個人認証の後に投票したらいいと思うんだけど、やっぱセキュリティーやらデジタルデバイドとか誰かが後ろで見てて自由選挙・秘密選挙というものが担保できないだろうしいろいろあるだろうなぁと思ったりもしました。

民主主義って難しいね。

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投票もいいけど制度もね−期日「ゼン」投票と不在者投票

投票率の低下が民主主義の危機だ!声高に言われるけど、民主主義とは制度によるプロセスですから制度に対する無知こそが民主主義の危機です。

不在者投票っぽい期日前投票。期日「まえ」じゃなくて(条文上)期日「ぜん」な期日前投票。名称の揚げ足取りではなく、2003年にでてきたこの制度そのものが重要なんです。おそらくニュース等では分かりやすくするために「まえ」と読んでると思うし。

制度は総務省・中央選挙管理会のHP選挙制度改革 や公選法を読んでください。

あくまでも私の理解では、不在者投票と期日前投票は根本的に異なる。期日前は直接投票箱に投票しその時点で確定票になるが、不在者投票はそうじゃない。不在者投票では封筒に入れて保管され、受理負受理が判断されてから確定票になる。ここでいう受理不受理とは、不在者の場合は本来期日に権利行使ができない(例えば死亡)場合を不受理にすべきと考慮したもの。まぁ、そのまま放置で不受理という事件も起こったけど。

チャーチル曰く「民主主義は最悪のシステムだ。しかし、それ以外のどのシステムよりもましだ」確かに、民主主義を支える選挙とはいろいろなメリットもあればデメリットもあれば、問題だってある。だからこそ、その制度について知り考え、その中で自分にある権利をどうやって行使していくのかを考えることも投票行動と同じぐらい自由と民主主義を守るために重要なのでは?

と年金花盛りの今、期日前投票という新しい制度を見聞きする中で感じる腹痛の昼下がり。

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2004年7月 5日 (月)

[情]けの[報]いの価値を上げるには

最近感じるのは、情報って読んで字の如く「情けの報い」。情けをかけなきゃ報いなんて返ってくるはずがない。病気になって寝込んでるだけじゃ「情けない」し報いもない。
言い換えれば、犬も歩けなかったら棒にあたることができない、ってことでもある。

寝転んでテレビや本読んで溜め込むことは出来たとしても、発信できなきゃ他の視点とか関連情報なんて獲得できないはずがない。

やっぱ情報の価値を高めるには、オープンであることが重要。つとに感じる。

あと、健康。これ大事。
健康じゃなければ、オープンも糞もない。
皆さんくれぐれも健康には気をつけてください。

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ボーンズマン対決

何か忘れているなぁと思ってたら、アメリカだ。このボーンズマン対決からは目が話せない。
ボーンズマンとは、エール大学のスカルアンドボーンズという組織の構成員のことで、ブッシュ・ケリー両候補者ともにボーンズマンだったということでボーンズマン対決と一部でいわれているだけの話。
個人的には、そんなことより経済政策が気になる。ケリー陣営側は雇用の問題を重視していると言うことでOutsourcingやOutshortingの問題が出てきてインドとかとの関係も変わりそうだし、為替は今はドル安容認っぽいけどルービン流のドル高とかになったらどうなるのだろうとか。
イラク・対テロといった視点からこの大統領選は注目する人も多いかもしれないが、経済的な自由を社会的な自由よりもより重視する共和党とその逆の民主党というこういった着眼点からも、この選挙を見ていく必要はあると思う。

<ちょっとした関連情報>朝日新聞による主な政策課題をめぐるブッシュ・ケリーの主張

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Big Election Year

いやぁ、選挙ですよ。民主党の候補が大躍進。そんなこんなで決選投票に現職は進出できるのかどうかが争点に。曽我さん9日に家族と再会と言われてるけど、この選挙ではあまり論じられてないみたい。
勿論、インドネシアの大統領選の話ですよ。インドネシアにとって初の直接投票による大統領選で、スハルト政権後の民主化手続きの総仕上げとなるこの選挙では、約一億5000万人の有権者が投票する。
それにしても、最近ニュースに疎いのかインドネシア国会第一党のゴルガル党の大統領候補のことはあまり聞かないんだよな。党首はキングメイカーに?って話もあるみたいだけど。

参考 じゃかるた新聞

しっかし、今年はどこもかしこもビッグエレクションな年ですな。台湾・韓国・インドネシア・ロシア。あれっ、何か忘れているような・・・

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下手すりゃ闘病記に

いろいろあって炎症にポリープが見つかって、ついでに「ぢ」が見つかるという落ちまで見つかって数日。せっかくやからブログでもやってみようかと思ってたけど、下手すりゃ闘病記なりかねへんので止めてたけど、腹が痛かろうが暇なもんは暇。というわけで、思ったことや考えたことをつれづれ書き込んでいこうかと思いはじめてみました。

<基本姿勢>(ダン嫌いさんのコメントを読み、付しておくとが必要だと思いました)
「自らの意見だけは曲げないが、できるだけ叩いたりヨイショしない秋霜烈日な不偏不党を目指す」
↓(わかりにくい感じが自らもしたので)
「日々見聞きするニュースの中からピックアップし、コメントを記してゆく中で、そのコメントはできるだけ党派的なものとならないように心がけるが、自らの意見(ないしは「保守」的な傾向か)は曲げないないようにする」(例えばある政党を例えても、その上でこっちの政党の方がいいと持ち上げるようなことはしない)

こうしたことに関する説明は、これ限りやらず、できるだけ文章中で反映させていきたいと思います。(そのためReコメント欄にこうしたことを言い訳がましく書くことは以後ありません)

続きを読む "下手すりゃ闘病記に"

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